見守る目      

松田 昇

 

 よく自閉症の人の特性として「ものごとや順序に対するこだわりがあり、それが思いどおりにならないとパニックを起こす」というふうに言われます。しかし人は誰でも、同じようなこだわりは持っています。朝起きてまずすることはなんでしょうか?食事をするときに食卓の上にないといけないものは?仕事に行くとき、職場に着いてから、帰るとき、夜寝る前など、考えてみればいつものパターンがあると思います。問題はそのパターンが崩れたときです。

 まったく意識することなく次に進む人もいれば、多少違和感を覚えながらも次に進む人もいるでしょう。多くの人はそれで気持ちが落ち着かなくなるということはないのですが、自閉症の人はその時の気持ちの持って行きように困るのだと思います。それは人によっても違うし、同じ人のなかでも場面によって違うので、ひとくくりにして説明することは難しいし、一面的にその人の姿をとらえることも間違ったことにつながります。それくらい人というのは奥深い存在だということでしょうか。

 Iさんは毎週月曜日にプールに行きます。建物に入る前、着替えて更衣室を出るとき、シャワーを浴びてプールに入るまでに、いろいろなIさんなりの「手順」があります。「こだわり」というよりも、それをしないと次に進めないので「手順」というとわかりやすいような気がします。

 ある日、その「手順」に必要な道具が一つプールにありませんでした。幼児用プールサイドの片隅にいつも置いてあったコースロープがなかったのです。いつもならそのコースロープを手で触り、そして外に通じるドアのノブに触れてから・・・と次々に進めていく「手順」が中断されたのです。

 急に声を上げ、プールサイドを走って行ったり来たりするIさんの様子に、プールで泳いだり歩いたりしていた人たちの視線が注がれました。コースロープが置いてないということにヘルパーが気づいたのは、実はこのときだったのですが、プールのスタッフにわざわざコースロープを置いてくださいというわけにも行きませんから、Iさんの気持ちが落ち着くのを待つしかありません。というか、こういうことは起こりうることなので、その時にどうやってその人が気持ちを落ち着けられるようにするか、危険のないようにまわりに注意を払うかがヘルパーの仕事だと常々話し合っています。なだめたり、気をそらせたり、押さえ込んだりしてしまうと逆効果になることがほとんどです。

 この日は危険なことが起こる状況ではなかったので、ヘルパーは幼児用のプールサイドに座って待ちました。やがてIさんもいつもの位置に来て座りました。時々声を出し、自分の手を噛むなどしています。自分でもどうしたら良いかわからなくなって困っていたのだと思います。それでも待っていると、自分からいつもの次の「手順き」に進み始めました。大人用のプールに入る階段を行ったり来たり、足で水面をたたいて水しぶきを上げたり、いつもより長めにやっていました。途中で、その階段を使ってプールに出入りする人が来たら、よけてあげていました。そうやってようやくプールに入ると、浮いたり、潜ったり、いつものように楽しそうな表情になりました。いつも同じ時間帯にプールで歩いている女性が「やっと泳ぐ気になったわね」と言ってくださいました。ちゃんと見守ってくれている目もあったのだと、嬉しくなりました。