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教訓は届いているのか    

 松田 昇

 

 8月8日(火)の未明から午後にかけて台風5号が石川県を通過したその日、私は午前9時に通院のお手伝いのためにある方のお宅に向かっていた。雨は朝から激しく降っていた。午前7時40分、梯川の水位が上がっていて流域エリアに避難勧告が出ていた。確かに国道から見た梯川は、あと1mぐらいで氾濫するのではないかと思うほど水位が上がっていた。

 迎えに着いた頃は土砂降りで、車に乗っていただくのにかなり濡れてしまうほどだった。と同時にタクシーがきて、奥様が乗って行かれた。あとでお聞きすると、停電になり友人が不安になり電話をかけてきたので、タクシーで駆けつけたのだという。洪水の避難勧告が出ている地域へ車を向かわすということが、私にはできるだろうかと思った。と同時に、この状況の中、障がい者や、障がい者のいる家族はどうしたのだろうと思った。もし私たちに助けを求められたらどうしたらいいのだろうと考えた。

 後日職員に、あのときどうしたのか、何を思ったのかなど、何気ない会話の中で利用者さんから聞いてもらった。

「避難しようにも、一人では行けない」

「避難所で誰か自分たちのことを気にかけてくれる人がいないと、行ってもどうしたらいいのか分からないので行かない」

「避難勧告が出ていることを知らなかった」

 これらの言葉に私は愕然とした。家族が同居、あるいは近くにいる人はなんとか避難所までは行けるだろう。(避難所に行けても、その先の問題はたくさんあるが)そうでない一人暮らしの障がい者は、取り残されてしまうのだ。

 民生委員をしているヘルパーの津田さんはあの日、障がい者や一人暮らしの高齢者の安否確認をするように指示があり、雨の中を1軒ずつ回ったという。ところが私たちが聞いた範囲では、民生委員が訪ねてきたという話はなかった。何も民生委員を責めているのではない。阪神大震災以後、大きな災害のたびに被災した障がい者への救援体制が問題となり、情報は共有されているのだと思っている。でも、この地に届いているのだろうか。

 「今回は自分のところは洪水に遭うような地域ではなかったが、普段から近所の人にいろいろお世話になっているので、何かあったときは近所の人が声をかけてくれると思う」と言われた方がいる。

 問われているのは、いろいろな人がつながり、共に生きていける地域づくりだということを痛感する。それは民生委員だけが担う仕事ではなく、行政や、私たちのような事業者も意識的に取り組まなければいけない課題である。今回、改めてそのことに気づかされたのが避難勧告の時点でよかった。ある方が言っていた。「誰か犠牲者が出ないと何も変わらん」ということのないようにしたい。