心まで暖めてくれる銭湯  

松田 昇

 

  Sさんとは月1回、空港で飛行機を見たり、駅で電車を見たりした後、銭湯に行きます。いつも決まった銭湯で、番台のおばちゃんとは顔なじみです。自分のペースでお金を払うSさんに「あわてんでいいよ」と言って待ってくれます。

 ある日入浴が終わってのれんをくぐって出ようとすると、前を歩いていた男性から「何しとるんや」と言われたような気がしました。「ような気がした」というのは、言葉がはっきりと聞き取れなかったのと、後ろを振り返って言ったわけでないので、自分たちに言われたと思わなかったからです。もしかしたらSさんが、前を歩いていたその男性に少しつかえてしまったのかもしれません。

 「何か言われたような」というぐらいのことですから、そのまま靴を履いて出ようとすると、番台のおばちゃんから「大丈夫か?」と声をかけられました。「何かありましたか?」と尋ねると、「なんかいやなこと言われたんじゃない?あの人なんか言うとったから」と言われました。後ろにいた本人やヘルパーより、前にいたおばちゃんの方がはっきり聞こえたのかもしれません。

 そう言われてみれば、お風呂の中でSさんが間違って他の人のかごに手をかけたとき、なんとなく冷たい視線を感じました。一瞬のことであり、誰に謝っていいかも分からなかったのでそのままにして出てきましたが、そのこととつながっているかどうかは分かりません。

 どちらにしてもそんなに気にならない出来事だったのですが、「なんかいやなこと言われたんじゃない?」と、そういう目でおばちゃんがいつもSさんを見てくれていることが嬉しくて、お礼を言って帰りました。体だけでなく、心まで暖めてくれたお風呂でした。