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予定外のことを予定に組み入れることで人は世界を広げている

松田 昇

 

 教員として初めて担任したクラスの中に自閉症のU君がいた。高校の理科の免許しかない新採の若造が、いきなり特別支援学校(当時養護学校)の中学部1年の担任になったのだった。何か尋ねると、同じ言葉が返事として返ってくる。さっそく本屋で自閉症に関する本を買って読んだ。「計算は得意だが文章題は苦手」等々、特性としてあげられていることがU君によくあてはまったことを覚えている。

 以来40年以上自閉症の生徒や利用者さんとつき合ってきて、あまり一般化していないようだが私なりに理解していることがいくつかある。そのうちの一つを紹介する。

 予定の変更が苦手な人が多いというのは確かにそうである。予定外(想定外と言ってもいい)のことが起きるとどうしていいか分からなくなり、時にはパニックになってしまう。たとえば自動販売機でいつも買う飲み物が売り切れていたとき、お金を入れてボタンを押したのに何で出てこないんだとばかり機械を揺すった人がいた。このとき、「売り切れ」の意味を説明しても伝わらない。代わりのものを出して勧めてみるとか、店の中に入って同じものを探すとかして、こんなときどうしたらいいか提案してみると、その日は興奮していて受け入れてもらえなかったが、次の日には自ら「売り切れ」のボタンを指さし別のものを買うようになったことがある。

 こうした例はいくつもある。それは、予定外のことが起こっても、やがてそのことも予定の中に組み入れることができたように見える。こうやって小さい頃からのいろんな経験の積み重ねが、その人の「予定」の範囲を広げてきているのだと私は理解している。

 考えてみれば、人はみなそうではないか。予定外のことが起きたとき、立ちすくんだり、うろたえたり、それは人それぞれ程度の差がある。でも、その時どうしたらいいかを私たちは学習しておとなになってきている。自閉症の人たちも同じではないだろうか。予定外のことが起きたときの反応が穏やかでなく、そして変更をなかなか受け入れてくれないところが強調されて、特性として語られている。

 

 そういう理解で接すると、外出中に予定外のことが起こらないように祈ったり、起こっても慌てたりする必要はない。今日は混乱して落ち着かなくなったけれど、明日この人はひとまわり世界を広げる可能性を得たのだ考えればいい。少しずつだけど、そうやって自分の世界を広げていくことできれば素敵なことだと思う。